| 出発までのあらずじ |
アイスワインフェスティバルというイベントは、参加するだけの意味があるものなのか?ということは以前から、ずっと疑問でした。カナダ・オカナガン地方では、春と秋のワインフェスティバルが開催され、これは一般市民や、海外からの観光者が気軽に参加でき、ワインを楽しむことのできるイベントですから、必要以上のお金もかかりませんし、澄み切った空の下、カナダを満喫しながら、ワインフェスティバルも楽しむという意味において、参加してみる価値が高い、と言えます。
一方のアイスワインフェスティバルですが、企画実行の一切を、サンピークススキーリゾートというリゾート会社が行っています。そして、意外と知られていませんが、このスキーリゾートの親会社は、千葉県幕張市に本社を置く、とある日本企業です。(実名は伏せます)
7〜8年前に、この日本企業がスキー場を買収し、以来、ジャパンマネーが投下され、数年でカナダでも指折りの高級スキーリゾートに成長しました。年間を通じて企画される様々なイベントの目玉として、考案されたのがアイスワインフェスティバルだった訳です。
スキーリゾートが国内外からの集客を強化するためのフェスティバルであり、立地条件的に、そのリゾートに宿泊しないと参加することが出来ない、という要因もあり、地元の人々からは敬遠されている雰囲気があります。今年で4回目となったアイスワインフェスティバルですが、1回目、2回目は参加出展するワイナリーが数えるほどしかなく、淋しいものだったようです。何しろ、ワイナリーとしては、車にワイン一切を積み込んで、片道3〜4時間を運転し、最低2泊は強要されるフェスティバルですから、無理もありません。年々、参加するワイナリーが増え、4回目となる今年は17社が参加しました。
今年のアイスワインフェスティバルも、私は参加するつもりはありませんでした。それが急転直下、2泊3日で参加するようになったのは、暖冬のせいです。そして、アイスワインに携わる者としての運命だったのかもしれません。St.Hubertus
Estate Winery 社から、驚く内容の依頼が飛び込みました。オーナーのレオ氏の話をまとめると・・・
(1)1月最後の週末に、もしかしたら、寒気団が南下するかもしれない。
(2)そうなると、アイスワインの収穫のチャンスが到来する。
(3)アイスワインフェスティバルと重なる可能性がある。
(4)従って、ワイナリーのオーナー&スタッフは収穫に備えて全員待機となる。
(5)アイスワインフェスティバルには、参加を表明しているので、
(6)今回のフェスティバルは、君たちに行ってほしい。
「君たち」とは、【わいん@カナダ】の滝沢とビクターニシのことです。こうした事情で、急遽、ワイナリーの代表として、私とビクターの2名が第4回アイスワインフェスティバルの
St.Hubertus Estate Winery の出展責任者、ワイナリーオーナーズディナー担当となってしまったのです。さあ、大変!至急に準備することが山ほどあります!
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| 会場のサンピークススキーリゾートへ向かう |
1月25日(金)午前9時にケロウナを出発しました。ビクターニシのピックアップトラックの荷台には、フェスティバルで使うワインが約150本積まれています。ケロウナから北へ延びるハイウエイ97号線を北上します。この道をまっすぐまっすぐ走ると、8時間ほどでロッキーの世界的観光地バンフにたどり着きます。
我々は、途中のバーノンという町で、ハイウェイを左折し、フォークランドというカナダの典型的な田舎町を通り抜け、トランスカナダハイウェイ1号線から、カムループスへ。ここまで約2時間半のドライブです。春から秋にかけてのドライブなら、風景を楽しめるルート。カムループスから1時間ほど北上した所に、今回の会場となるスキーリゾート「サンピークス」があります。私は、サンピークスに訪れるのが今回が初めてです。予想以上に整備されたスキーリゾートで、ウィスラーのミニ版という印象を受けました。毎年、多額の開発資本が投資されるこのエリアは、カナダで急成長する総合リゾートの代表的な一つに数えられています。
スキー場の大きさは、志賀高原がすっぽり入ってしまうほど。ビレッジと呼ばれるホテルやレストラン街が集まったエリアは、ヨーロッパの町並みをイメージして作られた外観で、スキーをしない滞在客も楽しめる配慮がなされています。夜7時から開催されるワイナリーオーナーズディナーの準備に私たちは早速取りかかります。トラックからワインを降ろし、会場となるレストランへ搬入。白ワインとアイスワインは、地下の冷蔵室へ。赤ワインは別のフロアにあるワインセラーへ。
さて、ディナーがスタートする7時までは、まだ時間があります。「せっかくだから、スキーでも楽しもうか?」と思った次の瞬間、会場責任者が、私たちに伝えた言葉に真っ青になりました。「ヒューバータスワイナリー社は、このレストランじゃないです。」「ええ! ここじゃないのですか?」「あなた方の会場は、ここです。」と責任者が、スキー場の地図のある一点を指さしました。標高1855m地点にあるゲレンデ上部のレストランでした。2378mの長さの4人乗りクワッドリフトに乗らないと、その場所へたどり着くことはできません・・・ 外は猛吹雪・・・
「ワインは専用のキャタピラ車で運ぶけれど、君たちは自力でリフトに乗って、そのレストランへ行って下さい」ということでした。
う〜ん、いかにもカナダらしい! と感心してはいられません。ディナー終了後、リフトは既に止まっているから、自力で降りてこい、ということでした。スキーで滑り降りるといっても、ゲレンデにナイター設備が無いので、月明かり(晴れていれば)と、サーチライトを頼りに、滑るというのです。「そんな馬鹿な! むちゃくちゃな!」 と思うのも無理はありません。滑り降りるコースは、かなりハードなコースであり、ナイター設備もない。万が一、吹雪になったら、どうするのでしょうか?八方尾根の、兎平ゲレンデから名木山ゲレンデまで、とほぼ同距離。志賀高原の、東舘山山頂からジャイアントまで、とほぼ同距離。真っ暗な中を、滑って降りてこい、というのです。素朴な不安と疑問を責任者に投げかけたら、彼はウインクしながら、「だからスリリングで楽しいのさ! お客さんも。そしてオレたちもね!」
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| 会場のセッティングに取りかかる |
アイスワインフェスティバルで、私たちの担当する会場が、スキー場のゲレンデ上部のレストランだということで、慌ただしくトラックからワインを運び出し、雪上車に積み込もうとした瞬間のことです。先ほどの会場責任者が、ニコニコ笑いながら、近づいてきました。「いやあ〜 君たちの会場はココだったよ。ココ。」と、地面を指しました。何のことは無い。会場責任者の勘違いでした。私たちの担当する会場は、事前に聞いていたスキー場のゲレンデ中央下部にあるスキーセンター内のレストランだったのです。
こうした事は、カナダでは日常的なことですから、いちいち腹を立てていたら、カナダでの生活は苦痛なものになってしまいます。ここはカナダ。カナディアンになったつもりで、ニコニコと笑い返すだけ。会場となったレストランには、今夜開催されるワイナリーオーナーズディナーのためのテーブルセッティングが行われていました。大柄な欧米人が楽々10名は席に着ける丸テーブルが運ばれます。本日の来場者は、予めディナーチケットを事前に購入された50名と当日チケットを買われた方をプラスして78名様です。
私たちはディナーでお客様にサーブするワインを確認し、万事うまく運んでいることに、ほっと胸をなで下ろしました。外がいつの間にか真っ暗になり、ゲレンデの人影もまばらになった頃、スタッフ全員のミーティングが行われました。これは予想以上に徹底していて、ウエイター&ウエイトレス10名、厨房スタッフ8名、ワイナリー2社から各2名(1人が私)、フェスティバル実行委員会から1名の、合計25名が勢揃いしました。
このレストランのシェフは、かなり生真面目で神経質そうな感じのフランス系カナダ人で、本日のコース料理の7品目を1品づつ、丁寧に説明し、注意点やポイントを細かくウエイター&ウエイトレスに指示。ウエイトレス達も、味付けや特徴など、実に細かい部分まで、シェフに質問し、それに対して、丁寧に答えるシェフ。こんな問答が1時間あまり。全く笑い声がおこらない緊迫したミーティングでした。
スタッフの顔ぶれを見渡すと、どの顔も真剣でプロの顔に変わっている印象を受けました。「こりゃ、勝手が違うぞ。今までにない未知なる体験になるな。」と覚悟を決める他ありません。スタッフや関係者の中に日本人は私だけ。来場するお客さんの中にも、恐らく日本人はいないでしょう。緊迫したミーティングも終わり、さあ、いよいよお客さんが入ります。これから3時間のワインディナーの始まりです。
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| いよいよスタート! ワイナリーオーナーズディナー |
夜7時になると、待ちこがれていたお客さんが会場になだれ込みます。お客さんの大半は、アメリカから毎年訪れる愛好家のグループばかり。思い思いにテーブルにつくと、すでに大きな声で談笑が始まります。リゾートを楽しむ、ディナーを楽しむ、というリラックスした姿勢です。メニューに合わせたワインは、既に決まっていますから、その順番を間違えないよう注意しながら、さっそく各テーブルに向かいます。最初に注ぐワインは、ピノブラン1999年産。白のオフドライ。オカナガン地方では多く栽培される代表的な白品種です。99年の夏が冷涼だったため、例年のピノブランに比べると、力強さが無い反面、口当たりが涼しく、優しい仕上がりになっています。
このワインとカップリングされた最初の料理は、Smoked Salmon Tartare, Indian
Candy & Gravalaxというもので、その内容は、
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スモークサーモンのタルタルソース添え
Indian Candy = 北米インディアンの伝統的製法によるサーモンの薫製
Gravalax = 北欧風生サーモンの酢漬け
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以上の3種が少量づつ、お皿の上に飾られた前菜になっていました。ディナーの最初を飾る前菜に、カナダらしくサーモンだけでアレンジしたスタートを演出したシェフの気遣いを感じながら、私は緊張の面もちで、各テーブルのグラスにワインを注いで回ります。
「やれやれ、まずは無難にこなせたぞ」 とホッとする私の顔色を見て、「イエーイ! なかなかいいじゃないか!」と、横から声をかけてきた大柄なカナダ人がいます。この会場を担当するのは、私たちセントヒューバータスワイナリーと、ペラーワイナリーの2社で、大柄の男性はペラーワイナリーのスタッフ。マークという赤ら顔で陽気なオジさんです。食べ終わった前菜の皿が下げられるタイミングを見計らって、2番目のワインを用意します。
Tomato Consomme Encroute という料理は完熟トマトとコンソメで味を調えたスープです。スープ皿全体を熱々のパイで包んだ仕上がり。この料理に、赤ワインのガメノアール1999年産をカップリング。会場の雰囲気は楽しさが頂点に達するかのように、各テーブルは非常に賑やかで和気藹々という雰囲気です。私自身、もっと堅苦しい空気に包まれるのだろうか?と想像していただけに、なんだか拍子抜けしたような気分でした。
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| 会場は大盛況に包まれる |
ディナーのコース料理は、順調に運ばれ、その先で私たちは指定されたカップリングのワインをお客様のグラスに注ぎ続けます。ディナーが始まって、1時間経った頃には、お客さんもいい気分になったようで、笑い声があちこちのテーブルから沸き起こります。私と一緒に各テーブルにワインをサーブしている、ペラーワイナリー社のマークというオジさんを見ると、なんと、お客さんにたった今、サーブしたワインを手酌でグビグビ飲んでいる姿を発見しました。
「マーク、何してるんだい?」 「イエーイ! 今日はフェスティバルだからオレ達も飲もうぜ!」 「??? だってまだディナーの最中だよ」 「楽しくいこうぜ! 楽しく!」 そう言って、マークは別のグラスにワインを注ぎ、私に渡します。回りを見渡すと、いつの間にか、お客さんと一緒になって、ウエイトレスやウエイターもワイングラスを傾けています。日本語で言うところの「無礼講」っていう光景がそこに展開されていました。
お客さんの大半は、フェスティバルを楽しみにやってきたアメリカ人ですし、スキーリゾートということも影響しているのか、私がイメージしていた厳粛で雰囲気を重視したワインディナーとは、180度違っていました。そう、これがワインフェスティバルなのでしょうね。小難しいワインの講釈も一切なく、素直にワインを飲んで、そこにいるみんなと楽しむことを優先する姿勢です。
ディナーのコースが最後のデザートまで行き渡った頃、キッチンの料理長をはじめ、スタッフ全員が会場に姿を見せました。お客さんとスタッフ、私たちワイナリー関係者を含め、約100名が一同に介した訳です。生バンドの演奏が始まり、隣の人の声も聞こえないほど、会場内はヒートアップして、興奮状態です。
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| ディナーが終わった後が本番なの? |
3時間以上に渡って繰り広げられたワインディナー。突然言い渡された大役を、なんとか無難に乗り切った安堵感に包まれていると、レストランのウエイターやウエイトレス達が次々と駆け寄って来て、口々に「よくやったなあ」 「おめでとう!」 と声をかけてくれながら、握手をしたり、抱き合ったり。大きな仕事を終えた後、カナダの人たちは、このように讃え合います。
「もう仕事は終わりだろ?」 と会場内のお客さん達が叫びます。見ると、すでに時間が終了したにも関わらず、お客さんは誰も帰りません。この時、時計は夜10時を回っていました。ウエイトレスやウエイター達は、「もう仕事は終わりさ!」と言うと、グラスを手に、お客さんのテーブルに座っていきます。流れに任せて、私も着席します。いつの間にか、ワインが運ばれ、今度はお客さん達が、レストランスタッフにワインを注いで行くのです。
厨房から、先ほど出されたコース料理と同じ品が一斉に運ばれ、テーブルの上はあっという間に料理で一杯になります。そう、スタッフ全員の食事会が始まるという訳なのです。テーブルは、従業員とお客さんが混同し、まるで宴会のようです。「これからが本当のフェスティバルなんだよ!」と、軽くウインクして私に言ったのは、レストランのマネージャーでした。今回のワインディナーでは、極めて貴重な経験をさせてもらいました。心の底から楽しもう!とするお客さんをもてなすためには、自分たちも精一杯楽しもう!という姿勢がありありと感じられたことです。またお客さんもそれを快く受け容れてくれる度量があります。
日本では、とかく「お客様は神様です」という言葉通り、お客様を必要以上に絶対的なものとしてしまう反面、無意識のうちに両者の間に隔たりを作ってしまいがちです。リラックスできず堅苦しいだけの接客は、いかにつまらないものなのか?ということを、教えられました。時間や空間を共有するもの同志が、お互いに楽しもうとする姿勢が、カナダやアメリカの人たちの食文化、ワイン文化になっているのでしょう。
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